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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(行ツ)78号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人佐伯静治、同立木豊地、同尾山宏、同高橋清一、同谷川宮太郎、同石井将、同森川金寿、同戸田謙、同芦田浩志、同柳沼八郎、同新井章、同重松蕃、同深田和之、同北野昭弐、同雪入益見、同藤本正の上告理由について

一  地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)によると、市町村立学校職員給与負担法一条及び二条に規定する職員(以下「県費負担教職員」という。)の任命権は都道府県教育委員会(以下「都道府県教委」という。)に属するものとされ(三七条一項)、同委員会は、市町村教育委員会(以下「市町村教委」という。)の内申をまつて、その任免その他の進退を行うものとされている(三八条一項)。これは、県費負担教職員について、都道府県教委にその任命権を行使させることにより都道府県単位における人事の適正配置と人事交流の円滑化等を図る一方、これらの教職員は、市町村が設置する学校に勤務し市町村教委の監督の下にその勤務に服する(四三条一項)者であることから、都道府県教委がその任命権を行使するにあたつては、服務監督者である市町村教委の意見をこれに反映させることとして、両者の協働関係により県費負担教職員に関する人事の適正、円滑を期する趣旨に出たものと解される。かかる趣旨からすれば、地教行法三八条一項所定の市町村教委の内申は、県費負担教職員について任命権を行使するための手続要件をなすものというべきであり、したがつて、都道府県教委が県費負担教職員に対し、その非違行為を理由に懲戒処分をするためには、当該教職員に関する市町村教委の処分内申が必要であり、その内申なしに処分を行うことは許されないのが原則であるといわなければならない。しかし、この内申制度は、県費負担教職員の服務を監督する権限を有する者が市町村教委であることから、教職員の身近にいてその服務状態を熟知している市町村教委の意見を都道府県教委の任命権の行使に反映させることにより、市町村教委にその服務監督の実質を保持させることとした趣旨であるから、市町村教委が、教職員の非違などに関し右内申をしないことが、服務監督者としてとるべき措置を怠るものであり、人事管理上著しく適正を欠くと認められる場合にまで、右原則どおり市町村教委の内申がない限り任命権を行使しえないとすることには合理性があるとはいえない。けだし、地教行法上、市町村教委は、県費負担教職員の服務上の監督者として、その人事行政につき責任の一部を分担するものであり、服務監督権の行使の一環として法律上認められた内申の権限を適正に行使すべき責務を負うものというべきであつて、右の場合のように、市町村教委がその責務に反して内申をしないために、都道府県教委による適正な任命権の行使が不可能となることを、地教行法が容認していると解することはできないからである。したがつて、かかる場合には、都道府県教委としては、県費負担教職員に関する人事行政上の目的を達成するためのやむをえない措置として、例外的に、市町村教委の内申がなくてもその任命権を行使することができると解するのが相当である。

二  そこで、右のような見地に立つて本件についてみるに、原審の確定したところによると、(1) 昭和三三年のいわゆる勤評反対一斉休暇闘争以来、数多くの争議行為を行い、懲戒処分を受けた多数の組合員をかかえてきた福岡県教職員組合(以下「福教組」という。)は、その処分対策の有力な手段の一つとして、昭和四三年闘争の頃から、校長、市町村教委に対して報告や処分内申をさせない要求闘争を行い、報告や内申をしたところに対しては、校長に対する「無言闘争」、「校長招集会議拒否」等や市町村教委に対する「内申の無効宣言要求」等を行い、内申の年内提出延期など一定の成功をみてきた、(2) その間、福教組と決定的な対立関係に立つことを望まない県下市町村教委は、教師による違法争議を看過しえないとする被上告人の処分内申要請との間に板ばさみとなり、県下の相当数の市町村教委で動揺と混乱が続き、本件のストライキに関しても、内申書を提出した市町村教委の一部で組合側の激しい抗議、責任追及などによる混乱を生じた、(3) 本件ストライキは、昭和四七年五月一九日始業時から一時間、同四八年四月二七日午前半日、同年七月一九日始業時から三〇分間、それぞれ実施されたものであるが(上告人らは福教組の支部役員として右各ストライキを指導しかつこれに参加した。)、被上告人は、右各ストライキについて、行橋市、田川市及び大牟田市の各教育委員会(大牟田市については内申済みの昭和四七年五月一九日のストライキ分を除く。)に対し、あらかじめ県下各市町村教委の教育長と協議した結果を踏まえて決定した統一的な処分の方針・基準を内示して、ストライキに参加した組合員及びこれを指導した組合幹部に関し、文書により処分内申の指示をし、更に内申を得るため口頭及び文書で度重なる督促をした、(4) これに対し、右各市教育委員会は、いずれも本件各ストライキの違法性を否定するわけではなく、基本的には内申意思を有していたものの、(一) 大牟田市教育委員会は、市財政赤字解消対策として市と市職労等との間に締結された高令者退職協定の破棄につながるおそれのある行為を避けたいとの市長部局の意向を考慮し、また、市教育長が組合に差し入れていた「労働基本権回復に向けて教育長として努力する」旨の確認書との関係から、内申したときに予想される熾烈な抗議行動、教育現場の混乱をおそれて、結局処分内申をしなかつた、(二) 行橋市教育委員会は、基本的には処分内申をする意向を有しながら、予想される処分の重さに対する服務監督者としての批判もあり、また、組合との事前協議の慣行を無視して内申した場合の教育現場の混乱をおそれる気持もあつて、内申に踏み切れなかつた、(三) 田川市教育委員会は、生活保護家庭問題、非行生徒の指導問題、同和教育関係などの課題をかかえる教職員の立場や組合の反発等を考慮し、県下全市町村が内甲書を提出した段階で提出することを条件に、教育庁田川出張所長に封印した内申書を預けたが、内申書を提出しない教育委員会もあつたため、結局、処分内申があつたものとして取り扱われなかつた、(5) そこで、被上告人は、年度末をひかえ、人事異動を円滑にするためにも、右三市教育委員会管下で本件各ストライキに参加した上告人ら教職員に対し、市教育委員会の内申抜きで本件懲戒処分に及んだ、というのであり、原審の右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができる。

右事実関係によれば、本件のような県下一斉に行われた教職員の争議行為に関する懲戒事案にあつては、県下全体において非違の程度に応じた適正、公平な処分が行われるべく、各市町村間で不公平を生じないようにすることが人事管理の適正を期するうえで肝要であり、県単位における統一的な処理が必要であることはいうまでもないところ、本件三市教育委員会は、被上告人から統一的な処分の方針・基準を示され、また、いずれも教職員のストライキは違法であり本来懲戒処分の対象となるものであることを認識しながら、組合の反発や抗議行動とかそれに伴う教育現場の混乱などといつた各教職員の服務監督上の問題とは直接関係のない事情に対する配慮又は予想される被上告人の処分の選択・量定に対する一般的な批判から、本件各ストライキの参加者については一切処分内申をしないというのであつて、このような本件三市教育委員会の対応は、服務監督者としてとるべき措置を怠り、人事管理上著しく適正を欠くものといわざるをえない。したがつて、かかる場合においては、前示のとおり、任命権者たる被上告人としては、本件三市教育委員会の内申がなくても上告人らに対し懲戒処分を行うことが許されると解するのが相当である。

三  以上のとおりであり、被上告人が本件三市教育委員会の内申をまたずにした本件懲戒処分は適法であるとした原審の判断は、結局において正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)

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